ゆとり教育の失敗は
誰が責任取るの?
国は自国の財産である
次世代の子供をだめにしてしまったのに
塾へ行かないと学力がつかないならもう
学校の役目はただのコミュニティーセンター
みたいなものでしょう。
パソコンの普及で学習形態もずいぶん変わりました。
オンデマンドというものもずいぶん普及したし、
すでに寺子屋のような学習形態は成り立たないのではと思う。
学力の差もかなりあるし、塾で先取りしている子供は
学校の勉強は暇だ。
先生のやり方ひとつだけど、かなり進んでいる子供には
クラスの友達の勉強の補助にうまく当たらせたりする
先生もいるようで、教える本人も復習になるし
友達から教えてもらって励みになる関係が
あればこれは寺子屋の学習でも大いにコミュニティー
として、歓迎だ。
やはり、指導者のやり方、アイディアも
大切かなと思う。
これから数年で教育現場もずいぶん変わるでしょうね。
学校が学習塾にのみこまれる日
著者:前屋毅出版社:朝日新聞社サイズ:単行本ページ数:229p発行年月:2006年10月この著者の新着メールを登録する学力低下が指摘される今、教育は「学力重視」へと揺れ始めている。その根底には「学校不信」が根強くある。教師の指導力不足、受験対策の欠如に親たちが失望しているなか、急速に存在感を増しているのが学習塾だ。塾型指導を導入する地域や学校も出始めている。その台頭をレポートしながら、文部科学省の「脱ゆとり」の舞台裏、地域、親の収入などで広がりつつある教育格差に迫る。【内容情報】(「BOOK」データベースより)脱ゆとり、学力重視へと舵を切った教育政策。この間、受験対策を掲げ、圧倒的に存在感を増した学習塾と、方向転換にとまどい、指導力不足に悩む学校の間でさまよう子どもたちに、いま、ほんとうに何が必要なのか。【目次】(「BOOK」データベースより)第1章 脱「ゆとり」、そして歓迎「学力」へ/第2章 「鬼っ子」・学習塾の台頭/第3章 学習塾を急成長させた「合格」というニーズ/第4章 学習塾成長の皮肉な“応援団”/第5章 揺らぐ学校/第6章 学校に入り込む学習塾/第7章 文部科学省解体へ/終章 学校をどうするのか【著者情報】(「BOOK」データベースより)前屋毅(マエヤツヨシ)1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。週刊誌記者を経て、現在はフリージャーナリスト(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)この商品の関連ジャンルです。 ・本> ライフスタイル> 妊娠・出産・子育て> 妊娠・出産・子育て


